東京高等裁判所 平成11年(行ケ)45号 判決 2000年6月05日
原告
エルベックスビデオ株式会社
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁護士
山田勝重
同
山田克巳
同
山田博重
同弁理士
【B】
同
【C】
被告
特許庁長官【D】
指定代理人
【E】
同
【F】
同
【G】
同
【H】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成9年審判第12128号事件について平成10年12月25日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨の判決
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成6年4月14日、名称を「情報信号選択装置」とする発明(以下、その請求項1の発明を「本願発明」という。)につき特許出願(特願平6-99147号)をしたが、平成9年6月19日、拒絶査定を受けたので、同年7月17日、これに対する審判を請求するとともに、願書に添付された明細書(以下「本願明細書」という。)を補正した(以下「本件補正」という。)。特許庁は、同審判請求事件を平成9年審判第12128号事件として審理したうえ、平成10年12月25日に、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成11年1月20日、原告に送達された。
2 本件補正後の本願発明の要旨
情報を光信号に変換して送信する送信機をそれぞれ有する複数の送信手段と、該送信手段に個々に対応されて対応する送信手段からの光信号を伝送する複数の光ファイバー線と、該光ファイバー線により伝送される情報を選択的に受信する少なくとも1つの受信手段とを含み、各送信手段は、さらに、前記送信機により発生された光信号を前記光ファイバー線に指向させるレンズを備え、前記受信手段は、前記光ファイバー線に個々に対応されて対応する光ファイバー線からの光を受ける複数の光通過領域を有する液晶パネルと、該液晶パネルを通過した光を受けて電気信号を発生する受信機であって前記光通過領域を通過した光線を共通に受ける受信機と、前記液晶パネルを通過した光を前記受信機に指向させるレンズと、前記送信手段と前記受信手段とをそれらの任意な組み合わせに前記光ファイバー線により選択的に結合させるべく光学的性質を切り換える光通過領域を選択し、選択した光通過領域を光が通過可能の状態におき、他の光通過領域を光が通過不能の状態に置く制御手段とを備える、情報信号選択装置。
3 審決の理由の要旨
審決の理由は、別紙審決書写し記載のとおりであり、本願発明が特開平5-30552号公報(以下「第1引用例」という。)及び実願平3-26839号のマイクロフィルム(以下「第2引用例」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項により特許を受けることができないとして、原告の請求は成り立たないものとした。
第3審決の取消事由
審決は、本願発明と第1引用例の発明との一致点の認定を誤り(取消事由1)、本願発明が第1引用例及び第2引用例の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたかどうかの判断を誤った(取消事由2)ものであるから、取り消されるべきである。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)
(1) 第1引用例の発明の「光スイッチ」が本願発明の「液晶パネル」に相当するとした審決の認定は誤りである。すなわち、第1引用例に記載された「光スイッチ」に関し、審決は、「第1引用例に記載された発明の光スイッチ6は、例えば液晶光スイッチの一次元アレイである」と認定している。しかしながら、本願明細書に記載された「液晶パネル」は、光の通過する領域を複数個パネル状に並べたものであり、しかも、「パネル」の意味は、一般的にX方向とY方向に広がる2次元的な方形平面を意味するから、本願発明にいう「液晶パネル」とは、光ファイバー線からの光を受ける複数の光通過領域を、X方向及びY方向の双方に複数個並べて平面的に配列したものである。そして、本願発明は、このような液晶パネルの構成により、複数の光通過領域を小さな方形面内に設けることができ、光通過領域を一直線に並べたものと比較して小型にするという作用効果を奏するものである。そうすると、第1引用例の発明の「光スイッチ」は、審決認定のように、複数の光通過領域を「一直線状」に配列した一次元アレイであるから、この構成は、複数の光通過領域を「平面的」に配列した本願発明の「液晶パネル」とは相違する驍烽フ※である。
(2) 審決は、本願発明の「前記液晶パネルを通過した光を前記受信機に指向させるレンズ」と第1引用例に記載された発明の「光オア回路と光ファイバとからなる構成」が「液晶パネルを通過した光を受信機に入力させる手段」である点で一致すると認定した。すなわち、第1引用例の発明は、その図3、4を参照すると、「光オア回路」に入力された光信号が光ファイバにより集光される構造を有し、複数本の光ファイバを束ねて集光するものであることから、光ファイバの光信号の出口端末を束ねる構成が不可欠であり、これを受信機に一点集光させる構成は複雑となる。これに対して、本願発明では、液晶パネルが方形面内に光通過領域を複数個配置しているので、光通過領域を横一直線に並べたものと比べて横方向の長さは短くなり、さらに、当該パネル面をカバーできるレンズを対応させれば、光ファイバのような導波路装置を設けることなく、光通過領域を通過した光をレンズにより空間的に受信機に指向させることができる。
以上のように、本願発明の「前記液晶パネルを通過した光を前記受信機に指向させるレンズ」と第1引用例に記載された発明の「光オア回路と光ファイバとからなる構成」とは、発明の構成、作用、効果が異なるものであるから、「液晶パネルを通過した光を受信機に入力させる手段」において両者が一致するいう審決の認定は誤りである。
2 取消事由2(容易想到性の判断の誤り)
第1引用例には、一次元アレイで構成された光スイッチから出力される個々の光信号が結合用光ファイバにより複数個の光オア回路に分散され、各光オア回路内で複数個の光信号が合流されている旨の記載はあるが、本願発明のように「複数の光通過領域を有する液晶パネルを通過した光レンズにより受信機に対して共通に受信させる」との技術思想は記載されていない。
第1引用例記載の光スイッチは、一直線状、すなわち、一次元的にアレイが並べられているのであるから、光ファイバー線の出口で受信機に一点集光させることは困難又は不可能であり、しかも、同引用例の発明は、本願発明における「液晶パネルを通過した光を前記受信機に指向させるレンズ」を備えず、その示唆さえもないから、たとえ第2引用例に光オア回路が開示され、集光というレンズ本来の機能が周知であったとしても、これらにより当業者が容易に本願発明に想到することはできない。
第4被告の反論
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)に対する反論
(1) 一般には、「パネル」がX方向及びY方向に広がる2次元的な平面を意味するものであっても、本願明細書には、特許請求の範囲の請求項1に「複数の光通過領域を有する液晶パネル」との記載があるのみであり、液晶パネルが光通過領域を2次元的な平面のパネル状に並べたものであるとの記載はない。しかも、「液晶パネル」とは、その個々の通過領域がX方向及びY方向に広がる2次元的な平面を有するもののみならず、X方向にのみ複数個配列したものも含むから、「パネル」が一般に2次元的な平面を意味することから直ちに、本願発明の「液晶パネル」が通過領域をX方向及びY方向の双方に複数個平面的に配列したものに限定されるということはできない。この点に関する原告の主張は、本願発明の特許請求の範囲の記載に基づかないものであり、失当である。
(2) 審決は、本願発明の「液晶パネルを通過した光を前記受信機に指向させるレンズ」と第1引用例に記載された発明の「光オア回路と光ファイバとからなる構成」とは、「液晶パネルを通過した光を受信機に入力させる手段」であるという点で一致するというものであり、その余の点についてまで両者が一致することをいうものではない。
2 取消事由2(容易想到性の判断の誤り)に対する反論
(1) 引用例1が「複数の光通過領域を有する液晶パネルを通過した光を受信機に対して共通に受信させる」という技術思想を有していることは明らかであり、このことは「光スイッチ」が1次元アレイであるか2次元アレイであるかによって影響を受けるものではない。
(2) 1次元アレイについてレンズを用いることなく光ファイバー線を対向させることが容易であるとか、第1引用例の発明がレンズのような光指向手段を備えていないという原告の主張は、本願発明の容易想到性に関する審決の判断に影響を及ぼすものではない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の誤り)について
(1) 原告は、第1引用例の発明の「光スイッチ」が本願発明の「液晶パネル」に相当するとの審決の認定は誤りであると主張するので、まず、この点について判断する。
本願発明の特許請求の範囲に「複数の光通過領域を有する液晶パネル」との記載があること、一般に「パネル」が2次元的な平面を意味するものであることについては、当事者間に争いはない。そうすると、本願発明にいう「液晶パネル」とは、「通過領域を有する液晶」が「複数」有り、これが「2次元的な平面」状に配置されたものであるということができる。
甲第2号証によれば、第1引用例の発明の要旨は、「入力光信号が到来するM本(Mは1以上の整数)の光ファイバと、出力光信号が送出されるN本(Nは1以上の整数)の光ファイバとを備えた空間分割型光信号選択回路において、前記M本の光ファイバの光信号をそれぞれN分岐してそれぞれの分岐出力を得るM個の光分岐回路と、このM個の光分岐回路の出力にそれぞれN個ずつ送出される光信号をそれぞれオンオフするNチャネルのM個の光スイッチと、このM個の光スイッチの各別の出力一つづつを入力とし、各入力を合流するN個の光オア回路と、を備えたことを特徴とする空間分割型光信号選択回路。」というものである。
また、甲第2号証によれば、第1引用例の発明の詳細な説明の欄には、「ツイストネマティック液晶と偏光板を組み合わせ、電圧を加えて駆動する液晶光スイッチの一次元アレイ(N素子)を利用する。」と記載され(3欄45ないし48行)、第1引用例の発明の「光スイッチ」は通過領域を有する液晶であり、また、上記液晶は、1次元アレイ配置したものであると認められる。個々の液晶面はX方向及びY方向の双方向を有する平面状であるから、当該液晶の配列が1次元アレイ配置であっても、配置された複数の液晶面により形成された液晶面も、また、X方向及びY方向の双方向を備える平面状となることは明らかである。そうすると、本願発明の「液晶パネル」が第1引用例の発明の「光スイッチ」と機能、配置において相違する点は認められないから、第1引用例の発明の「光スイッチ」が本願発明の「液晶パネル」に相当するとした審決の認定に誤りはない。
この点に関して、原告は、「パネル」が一般的にX方向とY方向の双方に広がる2次元的な方形平面を意味することから、本願発明にいう「液晶パネル」は、光ファイバー線からの光を受ける複数の光通過領域を横方向に並べるだけでなく、複数個縦方向にも複数個並べて配列したものであると主張し、第1引用例の発明の「光スイッチ」が複数の素子をX方向のみに一直線状に配列した1次元アレイであるから、両者の構成は明らかに相違するものであると主張する。しかしながら、本願発明の特許請求の範囲には、本願発明が光通過領域である液晶をX方向及びY方向の双方に複数個並べたものであることを示す記載はなく、「複数の光通過領域を有する液晶パネル」との記載があるのみである。また、上記「液晶パネル」がX方向及びY方向の双方向を備える平面状となることは前記のとおりであるから、「パネル」が一般に2次元的な平面を意味することをもって、本願発明の「液晶パネル」が光通過領域をX方向及びY方向にそれぞれ複数個平面的に配列したものに限定されるということはできない。
確かに、甲第7、第9号証によれば、本願明細書の図1には、液晶パネル22がマトリックス状に配置された液晶パネルが記載されているが、これが本願発明の一実施例にすぎないことは本願明細書の図面の説明により明らかであるから、上記図1の記載は、本願発明の「液晶パネル」が第1引用例の発明の「光スイッチ」と機能、配置において相違する点は認められないとする前記認定を左右するものではない。
(2) 原告は、第1引用例の発明と本願発明が「液晶パネルを通過した光を受信機に入力させる手段」という点で一致するとした審決の認定は誤りであると主張するので、次に、この点について判断する。
本願発明における「液晶パネルを通過した光」に関し、本願発明の特許請求の範囲に「前記液晶パネルを通過した光を前記受信機に指向させるレンズ」と記載されていることは当事者間に争いがなく、また、甲第7、第9号証によれば、本願明細書の図1には、液晶パネル22と受信機26の間にレンズ24が配置された実施例が記載されていることが認められる。そうすると、本願発明における「レンズ」の作用は、液晶パネルを通過した光を受信機に入力させるものであるということができる。
甲第2号証によれば、第1引用例においては、「光スイッチを通過した光」について、「この光オア回路7の入力には上記M個の光スイッチ6のそれぞれ別の光スイッチの出力が接続され、そのM個の入力を合流する構成である。この光オア回路7の出力はN本の光ファイバ9を経由して端末5に達する」(3欄26ないし30行)と記載されていることが認められるが、光ファイバは周知の導光手段であり、第1引用例の発明の「光オア回路」も単に光の合流及び出力を行うものであるから、当該「光オア回路」及び「光ファイバ」は、液晶パネルを通過した光を端末に導光する機能、すなわち、「受信機に入力させる機能」を有するものであるということができる。
そうすると、本願発明と第1引用例の発明とは、「液晶パネルを通過した光を受信機に入力させる手段」において同様であるから、両者がこの点において一致するとした審決の認定に誤りはない。
原告は、第1引用例の発明が、光オア回路に入力された光信号を光ファイバにより集光させる構造であるのに対し、本願発明は、光ファイバのような導波路装置を設けることなく光通過領域を通過した光をレンズにより空間的に受信機に指向させることができるもので、両者は発明の作用効果が異なるものであるから、両者が上記の点において一致するとした審決の認定は誤りであると主張する。
しかしながら、審決は、本願発明の「液晶パネルを通過した光を前記受信機に指向させるレンズ」と第1引用例に記載された発明の「光オア回路と光ファイバとからなる構成」とが「液晶パネルを通過した光を受信機に入力させる手段」であるという点で一致するというものであって、原告主張のような両者の作用効果の差異について何ら認定するものではないから、原告の主張は、その前提を欠くものである。
2 取消事由2(容易想到性の判断の誤り)について
原告は、第1引用例の発明には、液晶パネルを通過した光をレンズにより受信機に対して共通に受信させるとの技術思想は含まれておらず、また、第1引用例の発明の「光スイッチ」は1次元的にアレイが並べられているのであるから、光ファイバ線の出口において通過した光を受信機に一点集光させることは困難であると主張し、レンズの集光機能が周知であることから当業者が容易に本願発明に想到することはできないと主張するので、この点について判断する。
第1引用例に光オア回路と光ファイバとからなる構成が液晶パネルを通過した光を受信機に入力させる手段として記載されていることは前示のとおりであるが、このような入力手段としてレンズを用いることが、甲第4号証(特公昭63-194223号公報)、乙第2号証(特公昭63-168058号公報)及び乙第3号証(特開平5-45606号公報)にも記載されており、本件出願当時、この事項が当業者にとって周知の技術であったことは明らかである。しかも、本願発明おいてレンズの具体的構成は記載されていないから、単に上記手段を採用することは、当業者にとって容易に想到することができるものということができる。
原告は、第1引用例に「複数の光通過領域を有する液晶パネルを通過した光レンズにより受信機に対して共通に受信させる」との技術思想は記載されていないと主張するが、第1引用例の発明が入力手段としてレンズを用いていないことは前示のとおりであって、審決もこのことを否定するものではない。審決は、光の入力手段として周知であるレンズを用いることが容易であることをいうものであるから、原告の右主張は、本願発明の容易想到性を認めた審決の認定を左右するものではない。
3 以上のとおり、審決の取消事由についての原告の主張は理由がなく、他に審決を取り消すべき事由は認められない。
よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 長沢幸男 裁判官 宮坂昌利)
<編注:『※』部分は原文のとおり。>